甘デジ海物語を愛するご老体

パチンコパチスロ天下一日記バトル
著者:村上次郎




またひとり、ふたりと、仲間が倒れていきました。


この世に救いはないのでしょうか。


比喩的な意味で「倒れた」と書いているのではありません。


死んだという事です。





私は世間様で言うところの年金パチンカーで村上次郎と申します。


生まれは群馬。


現在は埼玉に住んでおります。


持ち家です。


今年の9月に81になりました。


恥ずかしながら学生時代は英文学を専攻しておりまして


作家を志していた事もありますが叶いませんでした。



しかし同居中の孫である幸雄からこちらの月刊まっくす様で作品を募集していると教えられ


作家デビュー最後のチャンスと思い応募致しました。


自分の作品が全国誌に掲載されると思うと感無量でございます。


しかももし最優秀賞を頂けたら賞金200万円に加え、単行本化もして頂けるそうで、


こんな夢のような話があるのかと驚いております。


昭和の頃には考えられない話ですが、やはり時代は変わってゆくのですね。



もしかしたら令和という時代は私の人生が終わる時代でなく


私の人生が最後の輝きを放つ時代になるのではないかと


そう思い始めてから武者震いが止まりません。



さらに不幸中の幸いといいましょうか、私はワープロがろくに使えませんので


私が原稿用紙に書いたものを孫が打ち込む際に今風の表現に直してくれているようなので


若い方でも読みやすくなっていると思います。


ですので、この日記は孫との合作といえるかもしれません。


私は正直なところ、


孫と一緒に何かをすることはもう無いと思っていましたので


これだけでも大変うれしく思っています。


ゆえに賞金をもし頂けましても、それは孫に渡して、


私は次回作に向けてさらなる執筆を続けると


孫にも約束したところであります。


それではよろしくお願い致します。


つい先日、とても寒い日の朝でした。


その日は年金が振り込まれた翌日でしたので


私も生き返ったような気持ちでホールに向かいました。


そしてホールの駐車場で常連の方々と談笑しながら開店を待っていますと、


田中さんが血を吐いて倒れました。


苦しんでいました。


救急車で運ばれましたが助かりませんでした。


運ばれるまでのあいだ、


私は田中さんの震える手を握りしめながら背中をさすり続けました。


ホールから聞こえる楽園のような音楽と、


これから冥府へ旅立とうとする田中さんの表情が、


同じ場所に存在するという事実が


生と死と年金の意味を私に問いかけました。



田中さんは倒れる10分前ぐらい前は、


「今日は通路側の角台だと思うんだよな」


と言い、喜々としながら開店を待っていました。


そして今でも信じられないのですが


その日は本当に通路側の角台が出ていました。


あんなに出ている台は


今どきではなかなかお目にかかれないと思います。


魚群が百発百中だったそうです。


その台を自分で打てなかった田中さんは


さぞ無念であったと思います。


私の妻も朝の開店待ちで亡くなった一人です。


今でも悲しみがこみ上げてきます。


その妻も亡くなる前に、


「昨日のハマリ台が出るのよね、きっと」


と言ってました。


そして実際に出たのです。


そして妻は死んだのです。


人は無くなる前に、未来予知のような霊的な能力が発動するのでしょうか。


そうでなければ説明がつかないと思うのです。


今回は私の妻(バアさん)を供養するためにも、


思い出を書かせて頂こうと思います。



本来、私は本当に無趣味な人間でした。


職場と家の往復が私の人生でした。


唯一の刺激的なことと言えば、


子供の成長とともに訪れる入学や卒業などの節目。


親戚や友人の冠婚葬祭。


あるいは何年に一度かの台風や大雪ぐらいでした。


私は淡々と仕事をするのが好きでしたし、


十分に人生を満喫いていました。



しかし、子供たちも独り立ちし、友人とも死別や疎遠が多くなり


退職してからは家でテレビを見ているだけでした。


あまりにもテレビを見すぎて明石家さんまさんやタモリさんが


隣の家にでも住んでいる知り合いのオジサンのように思えてきていました。



私が家にいる間、バアさんは規則正しくパチンコホールに向かっていました。


私はパチンコに興味がありませんでした。


友人に誘われて打ったこともありましたが、


私とは別世界のもののように思えて、


その場から早く帰らなくてはという思いが強くなるだけでした。


ある冬の晴れた日の昼過ぎ、


バアさんから家に電話がありました。


「薬を忘れたから持ってきてほしい」


と言われました。


(念のためにお断りしますと沢尻さんが使うような薬ではなく持病の血圧を抑える薬です)


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バアさんに言われたとおりにパチンコホールへ出向くと


店の入り口でバアさんは笑いながら待っていました。


こんなに楽しそうなバアさんを見たのは初孫が生まれた時以来でしょうか。


「お父さんも少し打っていくといい

いま私、玉もっているから」



バアさんはそう言ってホールの入り口である自動ドアを指さしました。


すると自動ドアがウイイイイイインと開きました。


もちろんドアのセンサーが反応しただけなのですが、


まるでバアさんが魔法の力で私の運命の先の光を示したように思えました。


店の照明に照らされてバアさんには後光がさしているようでした。


ホールに足を踏み入れてすぐに、


私は日常とはかけ離れた光景に戸惑いを感じていました。


聞いたことのないような音の嵐。


床には銀玉が敷き詰められた箱が通路を塞いでいます。


それにぶつかる事なくスタスタ歩いていくバアさん。


すれ違う人も軽やかに避けていきます。


バアさんの運動神経が意外と良い事を、この時はじめて気づきました。


長年連れ添っていたのに、何も知らなかった自分を少し恥じました。



バアさんは自分の台に戻ると銀玉がいっぱいの箱を渡してきました。


「好きな台を打ちなさい」と言いました。


三の倍数の台だか、魚が出てくる台が良いとか、


いろいろ言われましたが細かいところまでは聞き取れませんでした。


バアさんが死んでしまった今となっては、


もっと話しておけば良かったと後悔しています。


わたしはようやく空いている台を見つけました。


偶然にも近所の鈴村さんが隣にいたので、いろいろ教えてもらいました。


これが私とパチンコ海物語の初顔合わせとなりました。


鈴村さんは日頃からとても穏やかで親切な方でしたので


初心者であった私にいろいろと教えてくれました。


ハンドルの持ち方から台の叩き方まで。




初めはあの鈴村さんが国賊を叩くような勢いで台を叩いているので驚きましたが


こうすると当たるんだと言われ納得しました。


もちろん今ではマナーとしても間違いである事を理解していますが、


高齢者のボタン連打は一定の負荷を与えて骨密度を強化するためにも理にかなっていると思うので


温かく見守っていただけると幸いです。



そんな私でしたが、初めてパチンコを打った感想はフグが可愛いという事ぐらいで


まだまだ面白さがよく分かりませんでした。


しかもフグが気に入った事をバアさんに伝えると


「お父さんはバカなのかい!?」


と怒鳴られました。


私がこの一生涯でバアさんに怒鳴られたのは、この一度だけです。


のちにフグが連荘を終わらせる役割であることを知りましたが、


当時はバアさんの親戚でフグ毒で死んだ人でもいたのかと思い


軽率な発言を大いに反省しました。



それからもしばらくは月に数度


バアさんの付き合いでパチンコを打ちに行く程度でした。


私が楽しかったのはパチンコそのものよりも


そこで世間話をするような知人が増えたことです。


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店員の方でもいろいろと話しかけて下さる方がいて、


私の知人はテレビの中の芸能人からパチンコホールの人々に移りました。



時には、昨日まで楽しそうに打っていた人が急に姿を見なくなり


あとから急に亡くなられた事を知ったりと、悲しい出来事もありました。


おそらくバアさんの死もパチンコホールの常連の方のなかでは、


そのような出来事のひとつであったでしょう。



私たち年金パチンカーは明日をも知れぬ命で打っています。


私も最近では、


もしかしたらこの当たりが人生最後の当たりかもしれないと、


今日を最後に二度とパチンコが打てなくなるかもしれないと、


そう思いながら銀玉の重みを噛みしめしています。


ですから私たちのパチンコは、


常に死と隣り合わせという




本当の意味で命がけでパチンコを打っているのです。



忘れられない出来事のひとつに


私もバアさんも2か月ほどろくに当たりを引けなかったことがありました。


この時に私はホルコンという言葉を知りました。


その恐怖からパチンコを辞めようとまで思いました。


そんな中で二人で回転寿司を食べに行ったときです。


バアさんがエビとタコとカニの皿を取り、


「今日はこれしか食べちゃダメ」


と言い出したのです。


確変図柄のことだとすぐに気づきました。


(さすがにカメとジュゴンの寿司は無かったです)



今となっては、


2人でそれを食べながら、


これで連荘するようになるぞと笑っていた時間は


本当にかけがえのものだったと思います。



バアさんが死んだときは


棺にエビとタコとカニの寿司と、亀の甲羅を入れ


一緒に燃やしてもらいました。


(ジュゴンだけはワシントン条約の問題があり、どうしても無理でした)


葬儀場の人は不思議そうに見ていましたが、


事情を話すと涙ぐみながら


「そのお気持ちよく分かります」と言ってくれました。


その言葉で私は涙が止まらなくなりました。


彼もまたパチンカーだったのです。



しかし私は、バアさんにひとつだけ不満がありました。


それは海物語しか教えてくれなかった事です。


バアさんは海物語以外は危険だと言ってましたが、


それは間違いでした。


品行方正で誰にでも優しかったバアさんが、


人生で唯一間違えた事かもしれません。


海物語以外にも楽しいパチンコはたくさんありました。



バアさんは私に、パチンコ海物語の楽しさを教えてくれました。


そのことは本当に感謝しています。


だから今度は、私が天国にいるバアさんに、


海物語以外のパチンコの楽しさを伝えていきたいと思っています。


それが私の目指すパチンコ日記なのです。



なあバアさんや、天国から見てくれているか。


sammy北斗無双日記




お前さん、こっちだと人気者(プレミア)になっとるぞ。




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