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裏モノ確定!とんでもないパチスロ台!


ゼン著(すろ天様許可済み)


この中に秋物と冬物を収納してある。


急に涼しくなったので薄いカーディガンを探すためにこのドアを開けた時のこと…。


(´Д`)ギィヤァァアアアアア!!!!


思わず叫び声を上げるほどの強烈なカビ臭。


たまらずバタンと扉を閉める…!


ハァハァ…


なんだ?


中では何が起こっている!?


マスクを装着し、気持ちを整えて改めて扉を開ける。


……………。


地獄のようなカビカビ天国。


いやー参った。


しっかり乾燥してから収納したつもりであったが、北側となる場所が悪かったのか、中の革製品にはビッシリとカビが付着していた。


画像見ます(;´Д`)?


グロいよ?少し。


嫌な方はサーッと流してくださいね。



(;´∀`)ねっ?


この革ジャン高かったのに。


はぁぁぁ。


もうね、本気の溜め息。


取り敢えず部屋中にカビの胞子が飛散するのが嫌なので、扉を閉めたままにしてあるのだが…。


どうしよう…。


中の衣類は全滅だよなぁ。


( ゜д゜)ハッ!


ジーパンはどうなった!?


別の収納にしまってあるジーパンの現在が急に不安になり、夜中にも関わらずゴソゴソと漁る。


ホッ…。


こっちは大丈夫なようだ。


私はとにかくジーパンが好きだ。


いや、正確に言えば、好き“だった”。


アラフォーとなった今では殆ど穿くことはなくなったが、収納の中には十代の頃から収集しているビンテージデニムがギュウギュウに詰まっている。


ビンテージと言ってもピンキリだが、何しろ“色落ち”に拘った私は、一本一本のジーパンを丁寧に育て上げた。


汚い話だが、洗濯機で洗うなどもってのほか。


たまーに洗うにしても、ノーパンの状態でジーパンを穿き、そのままお風呂へ。


色を落としたい部分に薄く洗剤をつけて手でゴシゴシとこすり…


全体をぬるま湯で水洗いしたら陰干し…と、とにかく“色褪せ”に関しては細心の注意を払ったものだ。


カビ騒動をキッカケに私は今回、これらのアイテムを全て処分しようと思う。


狭くなってきた収納を整理する意味合いと、大人の自覚を自身に促す意味合いも兼ねての決断だ。



これは“66”の前期モデル。


私が一番長く穿いていた“501”。


買ったのは確か19歳の冬だったかな。


極めて状態が良く、79000円という値段は貧乏学生の私にはとても手が出せるシロモノではなかった。


そして、この当時私が愛していたパチスロ機種は…


『グレートハンター』


エーアイ(大都技研の前身)からの三号機だ。


もちろん裏モノ。


ノーマル基盤が存在していないという伝説の名機であり、巷を賑わせていた1G連ver.。


通常時の小役確率と初当たり確率を極限までカットし、削った分全てをボーナスの連打に回す潔いシステム。


そして、本来は搭載していないはずの“リーチ目”を『闇の商人』によって授けられたこの機種は、当時極めて斬新といえた。


内部システムに手を加えるだけではなく、リール制御までいじってしまうのはまさに驚愕の一言。


連チャンゾーンは30Gで、何より1G連が強烈だったこの機種を、当時の私は生活費を切り詰めてまで打ち倒していたものだ。


もちろん19歳の私は超絶負け組。


千円札一枚を握りしめて毎朝モーニングを取りに通っていたな…。


あの日は確かデートの予定が入っており、大学の講義を終えた彼女が、夕方には私の打つ店まで迎えに来ることになっていた。


グレハン(当時の通称)狂いだった私はもちろん朝から突撃。


そして、前述の“モーニング”とは、開店前に店側が意図的にビッグボーナスのフラグを仕込むことを言い、今で言うなれば…


朝イチ入店時からジャグラーがペカっているようなもの。


もちろんこの頃の機種たちにはフラグ告知などなかったから、見た目では判断できない。


しかし、1ゲーム回して7を狙えば、モーニング台なら当然揃うのだ。


今となっては考えられないが、当時はどの店も当たり前に行っていた客寄せの為のサービスだった。


店によりモーニングの台数はまちまちだったが、この店では概ね3台のモーニング台が用意されていた。


12台中3台のモーニング。


初当たりがヘビー級のグレハンモーニング争奪戦はまさに熾烈を極めた。


もちろんモーニングを仕込む台は間違いなく設定①であったと思うが、何しろ機種は爆裂機。


投資60円からの一撃5000枚なんて話は掃いて捨てるほどあったものだ。


普段なら間違いなく争奪戦に参加するところ。



しかしこの日の私は違った。


アルバイト代が入った直後というのもあって、懐はポカポカ。


夕方からはデートをすることもあり、気持ちに余裕があった私はモーニング狙いを捨て、高設定狙いに的を絞ったのだ。


設定狙いの時、モーニング台を避けるのは当時の定石。


私はとある一台に腰を下ろし、千円で18回転という驚愕ベースの台に黙々とコインを入れ続けた。



流石に約20年前もの記憶は朧気ながら、確か二万円ほどの投資でビッグを引いたと思う。


この裏モノの高設定は、とにかく初当たりが軽い。(と言っても⑥で1/400ほど)


そして連チャン率には設定差がなかったように思う。


この日の私は、大きな連チャンに恵まれないながらもコツコツと初当たりを重ね、少しずつコインを増やしていった。


そして、モーニング狙いの客があらかた姿を消したあたりでは高設定を確信し、ブン回し体制に移行していた。


3500枚ほどのコインを頭上に積んでいた私はウハウハだった。


7枚交換で3500枚。


投資が20kだからプラス3万円。


当時は7枚交換が主流であり、6枚交換や等価交換などは極めて稀。


今思えば、あの条件でよくジャブジャブとお金を入れていたもんだ…。


まぁ、そのぶん高設定はふんだんに使われていたように思う。


ニューパルサーなんて、モーニング台以外を判別掛ければ、大概設定⑤以上はあった。


言っておきたいのが、ニューパルサーの⑤は、フル攻略で113%もあるのだ。


実にいい時代だったなぁ…。


閑話休題。


頭上のドル箱を見上げつつ…


いつもはラーメンやファストフードしか食べさせてあげられなかった彼女に、今日は何をご馳走しようか…なんて考えていた。


更に、前々から欲しがっていた一万円ほどのバッグも買ってやろうなどとも考えていたな。


いつもの流れだと、この辺りから失速して全飲まれのパターンなのだが、この日は違った。


軽い初当たりは相変わらず続き、気づけば大箱を使用。


今のドル箱は、サラサラに入れれば千枚が関の山だが、この時の箱はとにかく大きいものがあったのだ。


パチンコなら、4000発入る箱はどこの店にもあったのではないだろうか。


4000発定量のハネモノ営業が主流だったことと、一発台が現役稼働していたことで、大箱が活躍していたのだ。


この後、ハネモノは定量制から無制限営業へと変遷し、更には一発台の一斉撤去により大箱は淘汰されていくことになるのだが…


この“大箱”で作るカチモリは、まさに圧巻であった。


1箱で楽に5000枚は入るほど。


これを膝に抱えていると、大腿部の血流が圧迫され、足先が痺れてくるほどの重量があった。


この日私はこれを膝に抱えつつ、足をガクガク震わせながらせっせとビッグの消化に勤しんでいた。


誰かが肩を叩く。


振り向くと、彼女が神妙な面持ちで立っている。


時刻は夕方。


気づけば約束の時間だったのだ。


アホ丸出しだった私は、カチモリを彼女に自慢するように見せ、“なんでもご馳走するよ”ぐらいは言ったと思う。


昔はコイン流しも全てセルフサービスだったため“さて、流そう”と、ドル箱を持ち上げると、彼女が意外な言葉を発する。


彼女;´∀`)ゼンくん、やめなくていいよ。


(ゼ´・ω・)へっ?なんで?


彼女;´-`)せっかく出てるみたいだし…


彼女・_;)グスっ…。


(ゼ;´Д`)あれ?どしたの!?なんで泣いてるの?


私はひとまず台に休憩札を差し、泣いている彼女を近所の公園に連れ出した。


賢明な読者さんはお気づきのことと思うが…





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