初めましてハッチと申します。
この日記は懺悔として皆様にお伝えします。
最初からその気があったわけじゃない。
それは『偶然』。
いくつもいくつも、薄布のように重なって
私の目を少しずつ覆っていっただけ・・・。
「・・・ヒナ!?」
ヒナは私の名前だ。
誰だろう、と声のした方を振り向く。
画面を見つめていた虚ろな瞳が、
彼の顔を認めて瞬いた。
「ケイスケ・・・?」
「うわぁ、お前変わんねーのな!すぐわかったわ」
元気だった?
そう尋ねる声は変わらず優しくて、
爆音響くパチスロ店の中でも、はっきり聞こえた。
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ケイスケは、4年前まで私の彼氏だった。
世間でいうところの
元カレ、というやつだ。
別れた原因は、些細なケンカだったと思う。
もう記憶に残らないほど。
二人とも学生で、精神的にも若くて。
その些細なケンカで会えなくなるなんて
夢にも思ってなかった。
だから・・・4年ぶりに見る彼は、
精悍さが増していて
「かっこよくなったね」
「ハハッ、そうかな?・・・素直に嬉しいかも」
照れた顔が可愛くて、私も微笑む。
「ヒナは今、何やってんの?」
「ハーデス打ってた」
「いや知ってるよ!そうじゃなくて!」
「・・・」
「・・・ん?」
「専業主婦だよ」
ここがパチンコ店だったらよかった。
お茶に誘われて、店を出てしまったから。
カップを弾いていた手が止まる。
コーヒーの水面は静けさを取り戻しているのに、
私の内心のざわめきといったら。
俯いて見えなかったけれど、
目の前のケイスケが、息を呑むのが分かった。
そっか、と小さく呟いた。
「結婚したんだな」
(・・・私は)
どうしてこんな気持ちになっているんだろう。
苦いものを口に含んで、嫌々飲み下すような。
なのにとっく乾いていて、
その場の空気を誤魔化すようにコーヒーを口に含む。
「いつ結婚したの?」
「・・・2年前かな。会社の人」
「ふーん、どんな人よ?」
「6つ上なんだ。おっとりしてる」
「なるほど。俺とは違って、落ち着いた大人の男ってわけだ」
「違うよ、ケイスケは」
ケイスケの、魅力があるじゃない。
そう言おうとして、口を噤む。
自分の思いに、愕然とした。
喋れば喋るほど落ち込んでいく私に気付いてくれるのは
ケイスケが元カレだったから、なのかもしれない。
眉毛を八の字にして、ケイスケは出ようか、と提案してきた。
「もう少し打とうよ」
こくりと頷いて、店に戻る。
正直この時は集中が出来なかった。
変なドキドキで投資もよく覚えていない。
当たりを引いた時にGODステージからスタートしたのはだけは覚えている。
自分のブログやMAXに送る日記のために画像を撮る私だが、この日はこの1枚しか撮れなかった。
ふー・・・と長いため息が出た。
時計を見て、隣のケイスケに声をかける。
「そろそろ帰るね」
あ、と彼も口をあけて、スマホを覗いた。
18時を回っている。
高設定の挙動を見せていたけど、夕飯を作らないといけない。
すると、ケイスケはそのままスマホでLINEを開いた。
・・・交換しよ、ってことか。
店員さんにコインを預けて、
私もスマホを立ち上げて友達登録をする。
[またあとで連絡していい?]
というメッセージに悪い気はしなかった。
むしろ・・・落ちていた気持ちが浮上して、
すぐにOKのスタンプを送った。
(さーて夕飯、何にしようかな)
夫の好物にしようかな、なんて思ったりする。
罪悪感なんて、当然だけどなかった。
旧友に再会した、くらいのレベルだもの。
昔なじみに、もう一度繋がれたことが嬉しくかった。
ただ・・・
「ヒナ、どうしたの?今日はご機嫌だね」
風呂上りの私に、夫が声をかける。
ビールのプルタブを開けて、一口飲んで、
ソファでテレビを見ていた夫の隣に座った。
「そう?ふふっ」
「ほら、そーいうところ。ハーデス勝ったの?」
「んー、それも、ある」
含みを持たせる気なんてなかった。
そうだ、夫にもケイスケのことを話そう。
「あのね」と喋ろうとした口を塞がれて、
初めて・・・夫が拗ねていたことに気付いた。
「教えて、ヒナの、全部」
「・・・知ってるくせに」
年上なのに、甘えん坊の旦那様。
この後の『展開』に備えて、
ビールをサイドテーブルに置くと、
冷たくなった指先を彼の首に這わせる。
何の不満も無い。
結婚してからの2年間、
私は夫を愛していて、夫も私を愛している。
だから・・・思いもしなかったのだ。
ケイスケとの出会いが『引き金』になるなんて。
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この日はお昼からの稼動だったのだけど、848回転で捨ててあるハーデスを見つけた。
天井ハイエナを成功させるために、ハマレハマレと念じる。
1260回転目。
GODが降臨してしまった。
天井目指すと引いちゃうあるある。
通常時にもっときてよ、ばかーっ!!
しかしながら
ハーデス・ハーデス・ケルベロスという素敵なパーティーを連れてきた。
最後のケルベロスのターンの時には3000枚OVER!
顔は無表情を装いつつも気分は最高潮で消化していたら…
えっ??ま、まさかね?
2回目のGODをテンションハイで消化していたら…
「よぉ!」
片手を挙げて隣の空席に座るのは
スーツ姿のケイスケだ。
昨日はラフな姿だったが、
当然だけど彼も社会人。
付き合っていた頃とはまた違う・・・
大人の魅力に、不覚にもどきりとしてしまった。
「来てると思った」
「明日来る?ってLINEで聞いてきたのはそっちでしょ」
「聞いただけなのに、律儀に打ちに来るのがヒナらしい」
にしし、と歯を見せて笑う。
スーツのくせに中身は昔のまんま、なんだから・・・。
「よし、俺も打つぞ!」
ネクタイを緩めて、息巻く彼に苦笑して、
私もリールと画面に視線を戻す。
なんとこの日は6147枚の大爆発だった。
「やー、今日は打ったなぁ!!」
んー、と身体を伸ばすケイスケ。
「ヒナはこの後、自宅で旦那さんのご飯の用意?」
「ううん、今日は飲み会だって言ってた」
年上だけに、それなりの役職に就いている。
出張が多いのも、飲み会に顔を出すのも彼の役目のひとつだ。
夫の顔を・・・先日の、情熱的な面持ちを思い出して、
少しだけ頬を赤らめたのを、ケイスケに見られただろうか・・・。
ふうん、と考えて、すぐに、じゃあさ、と言葉を切り替えた。
「昔のよしみで、ぱーっと飲みにいかない?」