予選A─2話
HN:加藤さん
【加藤の日記@】
何も感じなかったといえば嘘になる。
演出と当たりは別のもの。
一日単位の収支は意味がない。
確かにそう。
それは間違ってはいない。
この保留が当たろうが、今日10万勝とうが、実は大した問題じゃあない。
それよりも、今日1日こうして稼動できたこと。
この店で、他にも打てそうな台を見つけられたこと。
そちらの方が遥かに価値がある。
価値があるってのは、次に繋がるって事だと思うから。
でも、だからって、何も感じないわけじゃあないと思う。
激熱演出が来れば興奮するし、大当たりすれば嬉しい。
これは普通のことだと思う。
人は何かを感じて生きているのだから。
でも、その気持ちはできるだけ抑えようとした。
ショックだから。
期待した分、期待するほど、駄目だった時の落胆が大きくなるから。
できるだけ、できるだけ何も感じないようにしていた。
それでも俺は、期待していたのかもしれない。
この日は結局3万6千円負け。
1日牙狼を打ったにしてはマシな負け額かもしれない。
だが正直なとこ、シンドイ事実だ。
今月に入ってからというもの、満足な台に座れてない上に結果が付いてきていない。
月収支でのマイナスもチラついて来ている。
パチンコを生業にした長い生活の中では、こういった事もあって然るべきなのだろうが、
泰然自若としていられる程できた人間じゃあない。
夜の国道を走りぬけ、カラフルな信号が照らす交差点を左折した。
少しでも気持ちを前向きに持っていく為にコンビニへ向かう。
ビールと焼酎に軽い食事、そして朝起きたときに飲む水。
その他に「クレヨンしんちゃん」の単行本を買って帰った。
人生には笑いが必要だ。
この手の漫画は酔っ払いながら読むと、普段より笑えて来るので、必ず酒とセットにしている。
寂しい人間だと思われるかもしれないが、
こんな生活が堪らなく好きだ。
窓を全開にして、夜風に吹かれながら飲むビールは自分を幸せな気分にさせてくれる。
漫画を手に家でゴロゴロしながら笑っていると、携帯が鳴った。
寝転がったまま手を伸ばすと、腕を攣りそうになった。
顔を顰めながら膝立ちで近付き着信表示を見る。
液晶画面には数少ない知り合いの名が見えた。
自分はこういう電話を直ぐに取ることが出来ないので、
着信が鳴り止むのを待ち、焼酎でグビリと喉を鳴らし、一呼吸おいてから掛け直した。
「あ、もしもし」
「ああ、加藤さん。まだ起きています?」
「ん、起きてなきゃ電話は掛け直さないけど、…なに?」
「えっと、…今日も言われたとおり、良く回る牙狼を打ったんですけど…、」
「ああ、打ったの?お疲れ様。」
「えーっと、…駄目でした。負けちゃいました。」
「ん、そう、そりゃ残念。」
「えーっと、えっと、本当に勝てるんですか?」
「いや、…知らねえよ。それは。」
「えっ、でも加藤さんが、そうしてるって言ったじゃないですか?」
「ん、そりゃあ、俺はそういう台を打っているってだけで、お前が勝てるかどうかは別問題だろ。」
「えっ、そうなんですか?」
「いや、そうなんですかって言われてもなあ…。回る台を打ってりゃ勝てるってなら、俺は毎日毎日永遠に勝ってるって。」
「はあ、」
「つーか、お前学校は?普通に大学行けよ。」
「え、学校つまんないし。」
「ん…?あれ?それよりもお前、就活じゃないっけ?」
「ええ、…そうですけど。それよりも、前みたいに台選んで下さいよ。駄目ですか?」
「え、…やだよ。それは。」
「え、どうしてですか?」
「…どうしってって、…俺は1人で打つのが好きだから。」
「ええ、でも一緒に行きましょうよ…」
「ふー、…はあ。悪いけど、寝るわ」
「あ…、おやすみなさい。」
電話の相手は隣の隣の部屋に住む学生さん。
高校までは都内に住んでいたらしいけど、大学進学でこの地方に越してきたらしい。
らしいってのは、本人がそう言っていただけ。
詳しくは知らないし、覚えていない。
俺が、毎日のように朝早く部屋を出て夜遅く帰ってくるわりに、働いている様子が無いのを不思議に思ったらしく、
ある日とうとう話しかけてきた。
なんとも迷惑な話だ。
始めのうちは俺が無愛想と冗談を使って、避けて誤魔化していた。
しかしそれが逆効果だったようで、
より一層「謎の隣人」としての興味を引いてしまったらしい。
そして相手には若者特有の魅力と妙なしつこさがあり、
とうとう俺がパチンコの事を話してしまった。
聞けば呆れて離れていくかと思ったが、ますます近付いてきた。
これには参った。
なんでも、学校に行っても友達はいないし、とにかくつまらないと言っていた。
だから俺にチョッカイを出している方が楽しいらしい。
俺は動物園の珍獣ではない。
そういうのはペースが乱れるし、ときに迷惑だった。
もっとも、若い人が、一般の道から外れた生き方に興味を持ってしまう気持ちは分からなくもない。
俺の方も曲がりなりにも若い人に慕われるのは悪い気ばかりでは無く、
パチンコに余裕があるときは、ちょっとした酒などを奢ったりしていた。
当然のように、そんな時は
「どうすればパチンコで勝てるのか?」
なんて話を相手は振ってくるのだが、
俺は人にパチンコを教えるような事は嫌いだし、パチンコの話もあまりしたくない。
同じ扱いにするのも失礼かもしれないが、
仕事の話を酒の席でしたくないって人と同じ感覚だと思う。
こういう席での会話は不思議なもので、
お互いに自分の核心部分を触れるのは愉快ではないようだ。
俺が相手の学校の事や、家族の事を聞くと、相手は気まずそうに言葉を濁すことも多かった。
そんな時は俺も恥じ入るような気持ちになる。
人を避けがちに生活していると、自分は会話のリズムや相手への踏み込み具合が計れなくなっていると感じることが多かった。
今にして思えば相手もそうだったのだと思う。
学校がつまらないと言っていたのは言い訳ではなく、本心だったのだと思える。
あの年で知らない土地で寄る辺無く宙ぶらりんになってしまうのは、中々に堪えるものがあったと思う。
朝方、アパートの駐車上で声を掛けられ、半ば強引に俺のパチンコに付いてきたことがあった。
「どの台が良いのか」
「どういう台を打つのか」
しつこく聞いてきたので、適当に
「とりあえず、回る台を打っとけ」
と答えたのが始まりだったと思う。
そこからはかなり適当にパチンコの事を話す時もあった。
ただ、おれ自身も、ああちょっと不味いなあと思ってきたので、
渋々、羽根モノの打てる店を教えて、
「取り敢えずは羽根モノで遊んでいた方がいい」
「もし他の店で打つんなら羽根デジにしとけ」
と伝えると同時に、意識して距離を取るようにはしていた。
羽根モノや羽根デジなら負けるのも、ゆっくりな筈だし、
まぐれ勝ちで気が大きくなる事もないだろうし、何より勝てなくて止めるんじゃないかと思った。
ところが最近は牙狼に夢中らしい。
なんてバカなんだろう。
その翌日、俺が牙狼を打っていた。
俺はなんてバカなんだろう。
ただ、俺の場合はバカを承知で打っているので、まあ良しとしよう。
この日の俺の台の牙狼は、全然やる気がなかったらしく、
魔戒に入らず8万1千円負けという退廃的な結果に終わった。
ハイライトもクソも無い、牙狼らしい負けっぷりだった。
こんな日はさっさと家に帰って寝ようと思ったのだが、
むしゃくしゃしていたので駅前の風俗に行った。
会計時に恐ろしく金が減っていることに気付いたが、
なけなしの金を払い一発を果たした。
嬢に「昼間は何していたの?」と聞かれたので、
「今日は1日何もしていなかった」と答えた。
そう、俺は何もしていない。何も。
この日は牙狼で単発、女で一発という極めて素晴らしすぎる日に終わったのだが、
部屋に帰ると、またまた着信が。
しばらく無視していたが、しつこいので出ることにした。
「どした?」
「あ、もしもし加藤さん、いま平気ですか?」
「ん?なんだよ。」
「あ、えっと。今日もあと一歩というとこでマイナスになっちゃいました。」
「ん?そうか。」
「ぶっちゃけ牙狼って、どういう台がいいんですか?」
「はあ、知らねえよ。それは。」
「でも加藤さんも牙狼打っているって言ってたじゃないですか?どういう台打っています。」
「はあ、どういう台って…、普通の台だよ。」
「いや、そうじゃなくて、加藤さんはどうやって台選んでます?」
「どうって…。どうもこうもねえよ。普通だよ、普通。」
「でも加藤さんの台は勝てる台じゃないですか?…ねえ。少しだけでも教えてくださいよ。」
「はあ?…ああ、まあ、なんだ!?…牙狼が強くてホラーの弱い台が良いんじゃねえの?あとは知らねえよ。」
「あ、…ええっと。そういう台ってどこにありますか?」
「はあ…どこって…、ちったあ、頭使えよ。頭。寝るぞ。」
「ええ、ああ、はい…おやすみなさい。」
(アホだな)
そう呟いて部屋の灯りを消し横になった。
いつだったか、こいつが
「世の中に流されず、パチンコ打っているって、なんかカッコいいです。」
と言っていたので、俺が
「お前アホじゃねえの」
と答えたら、
「でも、パチンコに詳しいし。勝っているし。どんなものでも、一つの分野でやっていけるのは凄いと思います。」
とか言っていたのを思い出した。
その時も、ああ、こいつ青いなあ、と思った。
知らねえんだなと。
(そこまで真面目に打ってねーよ、バーカ)
そう毒づいて眠りに就いた。
ここから一週間程は半ば破れかぶれに、牙狼稼動が中心の日々が続いた。
夜中に掛かってくる電話は相変わらずだったが、
アホみたく当たりまくる日が3日もあったおかげで、俺の気分もやや落ち着きを取り戻していた。
やればできるじゃあねえか、牙狼。
その一方で体力的に疲れてもいたので、
この日は等価の甘デジで稼動して、夕方に早上がりしようと思って部屋を出た。
開店30分後に緩々と前もって目星をつけていた台に向かうと、
なんと先客アリだった。
正直、うああ、って感じだった。
初老のプロの方が鎮座してなさった。
こういうのは相当にやる気を無くす。
なんというか、打てる台を取られたってのも痛いが、
それ以上に、自分の姿を他人を介して見せつけられたような気分になる。
この初老のプロの後姿が、自分に思えてきて非常に萎えるのだ。
うわあ、俺ってこんな感じなのかって。
もしかしたら、この人と俺の立場は逆だったのかもって思うと、自分にげんなりしてくる。
もう今日は適当に牙狼打って、駄目だったら帰ろうと思い、シマに足を踏み入れる。
この店の牙狼も何度も打ってきたので、打てるってのは分かっている。
煩悶としながら以前打った台に向かうと、
既に派手な携帯が投げ込まれている。
えええ、これもかよ。マジかあ…。
と思いながら他の台を見ていくと、声を掛けられる。
「あ、加藤さん、おはようございます。」
「ん、ああ、あれ、お前来ていたの。」
「ええ、昨日も電話すみません。」
「ん、ああ。」
「えっと、じゃあ、今から打ちますんで。」
そう言って、派手な携帯で確保された台を打ち始めた。
なあんだ、お前の携帯だったのか。
「隣で打ちませんか」
と言われたので、
「今日はやる気がねえわ」
と言って店を去った。
まあいいや。
そう思い、結局は別の店で牙狼を打つことにした。
あーあ、なんか朝から疲れたわ。
本来の予定とだいぶ違う形になってしまったが、
この店のこの台だって打てるんだから、普段通りに打ち始めて行く。
こういうMAXタイプのような台を打っていると、
パチンコは確率との戦いに思えてきてしまう時があるけど、たぶん実はそうじゃあない。
実際は確率との戦いというよりも、宝探しゲームみたいなもんに近いだろう。
その宝に出会うまでが大事なんだと思う。
だからその宝物が本物であると見極められたら、後は野となれ山となれってとこだと思う。
その先は好きなように期待すれば良い。
この感覚が堪らなく良い。
ジェットコースターやバンジージャンプと同じで、
99%の安全な状態で、仮のスリルを味わえるのだから。
パチンコは娯楽だと言われるように、まさにレジャーランドだ。
楽しいのは当然。
あの学生さんには俺の事が、
社会に背を向けて安泰を捨ててスリルに身を晒す、
そんな過激な生き様に見えているらしいが、実際はこんなもんだろう。
娯楽なんだから熱くなるような事じゃあないんだ。
目の前ではザルバ保留が登場する。
このザルバ。
意外と当たる時は当たる。そんな気がしている。
この微妙な期待感が良い。
ザルバならハズレたらハズレたで仕方ないと思えるし。
当たれば儲けモノだと思える。
かなり楽な気持ちで見守る事ができる。
楽な気持ちってのは「どうでもいい」って気持ちだ。
ふー。
思えば俺は、そうやって物事を処理しがちだと思う。
この学生との接し方にしてもそうだ。
仲良くしたい気持ちが全くないわけじゃあない。
普通に友達になれたらどんなに良いだろう。
期待したい気持ちもある。
ただそれ以上に面倒だという気持ちが強い。
どのみち続かねえだろと思ってしまう。
だから。だから俺は、淡々と冷めた気持ちで、どうでもよく接したいと思っている。
そっちの方が楽だから。
ただ、本当に何とも思っていないわけじゃあない。
ありがとう。ザルバ。
こんな風になることを全く期待していないわけじゃあない。
この日の牙狼は大きな連荘こそ無かったものの、
迅速な初当たりと、的確な魔戒突入を繰り返してくれたおかげで、
どばあっと玉を吐き出して結構なプラスで早上がり。
なあんだ牙狼、えらい調子良いじゃあねえか、
そう賛辞を述べて店を後にした。
夕闇の公園でアイスを嘗めていると、携帯電話が鳴った。
「おう、どうした?」
「あ、お疲れ様です。加藤さん、もう上がったんですか?」
「ああ、そうだよ。」
「あっ、そうなんですか。俺もついさっき上がりました。」
「そう、お疲れ様」
「今日は勝ちましたよ。」
「そう、良かったじゃん。」
「22連荘です。やっぱ勝てる台は違うんですね。」
「ん?そう。回った?」
「ええ、加藤さんの打っている台なら勝てるんじゃないかと思って。」
「へえ。」
「いや、俺が探しても勝てる台が見つからないし。加藤さんが頭を使えっていうから、加藤さんの打っていた台を打てば良いんじゃないかと思って。」
「…ああ。そういうことか。俺が打った台って知っていたわけ?」
「はい、この前打っているの見かけたんで。でも加藤さん、店では話しかけるなって言ってたんで、遠くで見ただけです。」
「ああ、なるほどね。」
「あっ、でも、こんなに勝てるとは思いませんでした。」
「はは、そう。良かったじゃん。明日も打つの?」
「あっ、いえ…もう止めます。」
「ん、そう。」
「えっと、もうパチンコ止めようかと思って・・。最後に勝ったら。止めようと思っていたんで。」
「へえ、…そう。」
「ええ。」
「どうかしたか?」
「あっ、いえ、・・えっと。・・来年。結婚しようと思って。」
「えっ?そうなの?」
「はい、だから普通に卒業して就職してって考えると、もう遊んでいる時間ないんで。」
「はは。そっかあ。そりゃそうだ。つーか、お前恋人いたんだ?」
「えっ、あ、はい。」
「んじゃあ、まあ。頑張れよ。」
「あ、ありがとうございます。じゃあ。」
「ん、おう。じゃあな。」
相手の声が耳に残り、そっと携帯を閉じた。
何も感じなかったといえば嘘になる。
アイスの棒をゴミ箱に捨てて一服した。
車に戻りエンジンをかけるとバックミラーに斑猫が写っている。
おめでとう。
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