予選B─3話
HN:ジムシーさん
【天気雨(キツネノヨメイリ)】
私が彼と同棲を始めてから、もう7年が経つ。
彼とは女子大時代に出会った。
当時からアコースティックギター1本で路上ライヴをやっていた彼。
正直めちゃくちゃ上手いとは思わなかったけど、なぜかいつまでも聴いていたい歌声だった。
そんな魅力に惹かれ、私はすぐファンになった。
それから何度か彼の路上ライヴを観ている内に、どちらからともなく自然と会話するように。
同い年だということもわかり、すぐに意気投合。
ほどなくして、私達は付き合い出した。
大学を卒業後、私達は小さなアパートで共に暮らし始めた。
彼の夢である音楽。
私はバイトをしながら、彼のサポートに務めた。
その延長線上にこそ、私が願う幸せが必ずあると信じたから。
あれから7年。
何も進展しない日々。
私はもう、30歳になろうとしていた。
そんなある日の夕方。
いつものようにカフェでのバイトを終えた帰り道。
遠くからヒトキワ派手な容姿の人が大声で私の名前を呼んだ。
「絵梨香ちゃ〜ん!!」
小走りで近寄ってくるのは、友人でニューハーフのライチさん。
今のバイト先であるカフェの常連さんだ。
何度か話す内に、二人で呑みに行くほどの仲になっていた。
今となれば頼れる兄…いや、姉貴だ。
「絵梨香ちゃん、今暇?
暇よね?暇なはずよね?
さあ、行くわよ!」
やぶからぼうにそう言うと、
ライチさんは私の腕を掴んでグイグイ歩き出した。
「ちょっ、ライチさん!
どこに行くんですか!?」
戸惑う私には全くお構い無しでライチさんは、
「行けばわかるわよ」
とニヤリ顔でそう言いながら、ほぼ強制的に連れて行かれた。
暫く歩いて着いた場所。
そこはパチンコ屋だった。
私は立ち尽くしながら、
「あの〜ライチさん…私、パチンコしたことないんですが…」
と正直に言った。
ギャンブルなんてしたことなかったし、やりたいとも思わなかった。
そんなあからさまに困惑顔の私を見てライチさんは、
「あら、あんたパチンコヴァージンなの?
じゃあ今日が筆下ろしよ!
筆・下・ろ・し!!」
と、よくわからない理由で店内に引っ張り込まれた。
耳をつんざくような大音量。
圧倒されてたら、ライチさんは私をパチンコ台に着かせた。
そして隣で丁寧に遊戯方法を説明してくれた。
「今日はあたしの奢りよ♪」
と、遊戯代金はライチさんが全て出してくれることに。
「とにかく数字が3つ揃えばいいのよ」
そう言うとライチさんはタバコに火をつけて、ハンドルを回した。
私も恐る恐るハンドルを回してみた。
心地よいリズムで弾き出される銀色の玉。
あらためてパチンコ台をまじまじと見てみる。
かわいい感じのカニとか亀とかサメが動いたり止まったり。
へぇ〜…
思ってたイメージと違って、パチンコ台って意外と綺麗なんだなぁ…。
そう関心してたら、
ふとライチさんが話し出した。
「ねぇ絵梨香ちゃん、あんた同棲中の彼とはどうなのよ?結婚しないの?」
いきなりの質問に私は面食らってしまい、
「いや…まあ…」
そう言葉を濁しながら答えるのが精一杯だった。
そんな私を見て、
「あんたももういい歳なんだから、そろそろ決断しなきゃダメよ?」
とライチさんは言った。
そしてズルズルいくのが一番いけないと話し続け、
「別れるにしろ何にしろ、ここらでどちらかに決断をすることはもちろん自分の為でもあるし、同時に彼の為でもあるのよ」
と優しい声でライチさんは私を諭した。
わかってる。
よくわかってる。
だけど…どうしても決断できない自分が居る。
彼の夢に勝手に乗っかった罪悪感みたいなものが少し頭をもたげてたし…
そして何より、私は彼自身が愛しかったから。
そのとき、液晶画面にボタンを押す指示が出たので押してみた。
すると、画面の左側から小さな魚の大群が現れた。
「あらっ!あんた逆魚群じゃないの!」
ライチさんは興奮していたが、よくわからなかった。
「たぶんパチンコの神さんも、後戻りするなら今しかないよって言ってんのよ」
そう言ってライチさんはゲラゲラ笑った。
ほどなくして図柄が3つ、ピタリと揃った。
3時間後。
結局ライチさんが最初に出してくれたお金を全額返しても、2万円ほど勝ってしまった。
簡単に2万も手に入ってしまい、なんだかちょっと怖かったので半分渡そうとしたが、ライチさんは受け取らなかった。
ならばこのお金で呑みに行こうよと、二人でよく行く小さな居酒屋へと繰り出すことに。
彼には『遅くなるから』とメールしといたが、返信はなかった。
その日は、久々によく呑んだ。
数時間後。
気がつくと、もう最終電車の時間だった。
お互い千鳥足のライチさんと駅前で解散し、人もまばらな静かなホームへ。
夜風が気持ち良いベンチに座って、最終電車を待つことに。
遠くで車のクラクションが聞こえた時、ふと自分の20代を振り返ってみた。
なんというか…
言葉にならなかった。
なんだったんだろう…
私の20代は…。
いろんな思いが募り出した。
そんな私を揺り起こすかのように、最終電車がホームへと滑り込んできた。
家に着いた頃には、もうすっかり午前様。
静かに玄関を開け、囁き声で「ただいま〜」と入る。
彼はもう寝ていた。
1度寝てしまうとなかなか起きない彼。
そんな彼の寝顔を覗きこむように見つめてみた。
すると、
悲しくも、辛くもないのに、
なぜか急に涙が溢れそうになった。
静かに目を閉じて、私は心の中で呟いた。
『信じてて、いいよね?』と。
当然返事はなく、牛のようなイビキだけが返ってきた。
寄り添うように私も布団に潜り込み、そのまま眠りに落ちた。
翌朝。
先に起きた私は、いつものように朝ご飯を作った。
小さなテーブルに焼き鮭とお味噌汁を並べた頃、ひどい寝ぐせをつけたままの彼が起きてきた。
いつもなら必ず「おはよう」と言う彼。
それが今日は無言のまま、テーブルについた。
なんだろう…怒ってんのかな…
怪訝な気分で私もテーブルに着き、向かい合っていただきますを言おうとしたら、
「…作ってくれないか?」
と彼がボソリと呟いた。
私はオカズの量が少ないからもっと作ってくれという意味だと思って、
「あ、ごめん…これだけのオカズじゃ物足りないのね?
じゃあ、私の焼き鮭を半分あげる」
そう言いながら私は焼き鮭を箸で2つに割ろうとしたら、今度はハッキリした口調で、
「違う、そうじゃない」
と彼が答えた。
そして、
「ずっと朝ご飯を作ってほしい。
つまり…一生だ」
そう彼は言った。
あまりにも突然な言葉だったので、私は鳩が豆鉄砲を食らったかのように固まってしまった。
そんな私を見て、彼は真っ直ぐな眼で話し続けた。
「今バイトしている工場の社長が、俺の勤務態度を以前から凄く気に入ってくれてたらしく、
昨日、アルバイトから社員にならないかと誘ってくれたんだ。
俺、受けてきたよ。
これで色々と保険とかもつくし…
それに、おまえを充分養えるだけの給料も貰えるようになると思うから…その…だから…」
伝えたい気持ちだけが先行してしまい、言葉が上手く出てこない…
そんなプロポーズをしてくれた。
震えるほど嬉しかった。
このまま死んでも構わないとさえ思った。
でも…
熱弁する彼の強い眼差しと、寝ぐせがひどいボサボサの髪があまりにもアンバランスで、少し面白かった。
ありがとう
彼の想いを、私は心の中で大事に大事に強く抱きしめた。
持っていたお箸をテーブルに置き、ちゃんと正座に座り直した。
そして深々と頭を下げながら、私は答えた。
「よろしくお願いします」
と。
もう何も要らない。
私の残りの人生、このひとに全て捧げよう。
そう誓った。
出来立ての朝食が並んだテーブル。
温かいお味噌汁の湯気が、二人の間で幸せそうに揺れていた。
↓投票はコチラから↓
MAX投票所
>>友達に教える
天下一MAXライター会2
パチンコセグMAX
パチンコセグ判別サイト