陽の当たる窓側の座椅子にゆったりと腰を下ろし、
父は煙草に火をつけた。
満足そうな笑みを浮かべて
ふぅーっと煙を吐き出すと
辺り一面広がる香ばしい匂い。
少し離れたところから煙草を燻(くゆ)らせる父を眺め、
その匂いをクンクンと嗅ぐ。
僕はその匂いが好きだった。
というより父を近くに感じられる、
この一時が好きだったのかも知れない。
昔かたぎで寡黙な様は、
今時の優しいパパのような父親像とは正反対の、
言うなればまさに昭和のオヤジ。
父の留守中
何か悪さでもしようものなら、母の決まり文句は
「お父さんに言うよ?」
そのたった一言だけで震え上がるほど、
父は怖い存在だった。
いつもの光景、何気ない日常、
細やかだが幸せな日々は
この先もいつまでも続いていくものだと思っていた―。
ある朝、ドタバタと騒がしい足音と
飛び交う声に目が覚め、
寝惚け眼(まなこ)を擦りながら廊下に出ると、
何やら騒がしい。
8つ上の兄はどこかに電話をかけ、
受話器を持つ手が小刻みに震えている。
まだ幼い僕は気にもとめず、
小便を済ませると再び布団に潜り込んだ。
うつらうつらと、しているうちに
兄の目覚まし時計が1日の始まりを告げる。