『30円、損しちゃいましたねぇ』
驚きと得体の知れない恐怖。
あ……あ……
と声にならない声の出しかたを模索していると
『1回30円なんでしょう?溜め息』
不適な笑みを浮かべたまま
男はさらに20cmほど近付いて、言った。
(怖い)
思考回路がロックされたかのよう。
スロットならきっとこのまま逆回転して
派手なフリーズ演出が始まることだろう。
異様に脈打つ心臓が恐怖感をフル加速させた。
至近距離に立ち塞がる男に見覚えはない。
暗くてよくはわからないが
40代前半くらいに見える。
山のフドウを連想させる恵体に、力では到底かないそうになかったが
キャァァァ、と声を上げて駆け出せば逃げ切れるかもしれないと思った。
思った、が、
本当に怖い時には逃げ足の一歩はおろか
悲鳴すら出せやしないということを、今、さくらは身を以て痛感している。
「あの、あの、お金なら、、」
ありますので…と最後まで言葉にしたつもりだったが、
どうも喉元で詰まって音にならない。
体の震えを悟られないように
ギュッと脇を締める。
男が次の言葉を放つまでの沈黙が
さくらには永遠にも思えた。
『あぁ、失礼。怖がらせるつもりはなかったんです』
『あなたのことはよく知っていますよ、さくらさん』
ズバリ学級委員になりたいでしょう!
って違うか。
『お金に随分お困りなんですってねぇ』
「えっ……あっ……」
『どうです?私どもが主催するゲーム大会に参加してみませんか?』
「ゲーム…?」
『なぁに、ちょっとしたお祭りのようなものです…もちろん体の一部を失うことになるような危険なリスクは一切ありません』
動きの早い雲が月を隠す。
男の顔に闇が落ちて、
2つの目がいっそう爛々と光って見えた。