冬も終わりに近付いた夜道
早咲きの桜を照らす街灯の下を
1人の女が歩いていた。
ピーチパイ
ふざけてでもいるかのような響きだが
この女の 夜の 名前である。
「3万円かぁ…」
誰に話しかけたわけでもない。
アスファルトに溜息と言葉を落とす。
今、ピーチパイには欲しい物があった。
自由、どこでもドア、
それから
3万円のブレスレット。
2017春季限定、数量限定商品で
桜がモチーフになっている。
美容院にあったカタログで紹介されていたのを見て、一目惚れしてしまったのだ。
(ブレスレットなんて似合う体じゃないけどさ)
職場を出てから15分
もう何度目かもわからない溜息。
ピーチパイ
昼 の名前は「さくら」という。
チェリーパイじゃあないんかい。
そう思った方もいるだろう。
さくらは
昼間は小さな会社の事務員
夜は「もぎもぎゅっフルーツ畑」という
こっぱずかしい上に、センスのかけらもない名前の
ええと、
なんていうか、
そういう店で働いている。
先代のピーチパイが寿退社をして数ヶ月
空いていた枠にさくらが入って……
いや、
入れられた。
というべきか。