MAX読者のみなさま、また読んでいただいて、どうもありがとうございます。
どうも、人呼んで「全国愛妻家推進協会・会長」こと、ポンです。
今週は少し語らせていただきましょう。
「ゴタクはどうでもええ!パチンコせんかい!」という方は、ここから稼働にどうぞ。
結婚について興味津々な方は、是非この日記を参考にしてください。
(※注 あくまで参考程度にお読みください)
かの高名な戦国大名、武田信玄は
「人間にとって学問は、木の枝に繁る葉と同じだ」と言ったそうだ。
では学問とは何ぞや?と調べてみると、
“理論に基づいて体系づけられた知識と研究方法の総称”と定義されている。
(デジタル大辞泉より引用)
私も超愛妻家ライターを名乗る者として、今回は「結婚」というテーマを深く追求して語りたいと思う。
――その武田信玄について今更語るのもなんだが、勝手に解説させていただく。
(決して尺稼ぎではございません)
武田信玄と言えば、言わずと知れた戦国時代の甲斐国の戦国大名。
川中島の戦いでは、軍神と呼ばれた上杉謙信と互角に渡り合ったことは余りにも有名。
後の天下人、織田信長でさえ「武田軍の強さは天下一」と恐れた名将である。
ちなみに、信玄が存命中は決戦を避け、その死後、長篠の戦いで織田軍が武田軍を破ったことはご存知の通りだ。
その信玄について、後世の創作のイメージから、すごく豪放磊落な人物と思われがちだが、
現存する資料から窺える信玄の人物像は全く違う。
信玄は極端に慎重であり、常にロジカルに物事を考える現実主義者だった。