「(・・・私)」
どうして私、ここに来てしまったのだろう。
ぼんやりと思い出すのは、
昨夜のステージが大熱狂のまま終わった時の景色。
”相方”となったキョウコと背中を合わせて、いつもの決めポーズ☆
汗でぐっしょり濡れた背中が、
お互いどれだけこのステージに集中していたか伝えていた。
ぱっと離れて、歓声に応えるキョウコのことは・・・昔ほど嫌いじゃない。
1対1で付き合ってみれば、気風のイイ女子だった。
「今日もありがとー!みんな大好き、だよーっ!!」
強いスポットライトは、地下劇場特有のものではない。
男性客が多かったのは昔のことで、今は女性ファンも多いと聞く。
メジャーデビューして”よかったと思うこと”のひとつだった。
「(じゃあ”よくなかったと思うこと”は・・・?)」
一人、控室でタオルを被ると考えてしまう。
捨てたものの数の多さと、その重さ。
身軽になったんじゃない。
心の中に、未だに埋められない広い空間を作ってしまったんだって気づいた。
「(だからって、何も飛行機で飛んでこなくても・・・)」
そう、わざわざ大分まで来なくても、だ。
手に持っていたのは、いつも手帳の間にこっそり挟んでいた一枚の写真。
事務所宛に、名無しの手紙が来て、これが一枚入っていた。
大分県の地名が入った消印。
・・・すぐに誰が送ってくれたのかがわかった。
写真をかざして、同じ建物か見比べる。
赤い屋根。
看板。
出入口に飾ってあったベル。
私はサングラスをかけ、被っていた帽子に更に深く頭を埋めた。
・・・仮にも、一緒に住んでいた人だ。
顔が変わっていても、見破られる可能性もある。
「(そんな時、私、どんな顔をしたらいい・・・?)」
頭の中が、胸の鼓動でいっぱいになる。
それでも・・・ここで踵を返すことはなかった。
意を決して、扉をくぐると
ベルが鳴って来客を告げる。
「いらっしゃいませー、お好きなお席へどうぞ!」
店内にいたウェイトレスの声。
初っ端から彼に逢うのではないかとドキドキしていた私は、少しだけ胸を撫で下ろした。
午後2時だというのに、
席の半分は埋まっていた。
タクシーでここに来るまで、ほとんど誰にもすれ違わないくらいの田舎だというのに、この盛況ぶり。
窓際の席に座って、呆然と店内を見渡していると、
ことり、と水の入ったグラスが置かれた。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ・・・カ、カルボナーラください!」
「カルボナーラ、ですか・・・?」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・えっと、あ、あの・・・?」
急に押し黙った彼女は、不躾でない程度に、不審そうな瞳でこちらを見た。